天上の海・掌中の星

      “拝啓、元気ですvv
 



 四月のカレンダーと共に桜の時期も関東地方からは通り過ぎ、街路樹や生け垣なんぞの木々の梢には、柔らかな若葉がお目見えし始める。この時期の旬と言えば、グリーンアスパラにキヌサヤ、新じゃが新キャベツにグリーンピース。
「魚だとメバルにキンメダイってとこだろか。」
「あ、俺、キンメの煮つけ 大好き!」
 今さっき、結構ボリュームのあったヒレカツを3枚も平らげた豪傑が、そりゃあ嬉しそうにそんなお返事をして下さったので、
「じゃあ、明日はそれにするか? 豆ごはんと。」
 料理は習うより慣れ…とはよく言ったもので。この、筋骨雄々しく屈強精悍な、どっから見ても“武道家でござい”という風貌の緑頭のお兄さん。留守番がてらにテレビや本で見聞きをし、作っては坊やからのご感想に一喜一憂しながら覚えたレパートリーが、今や季節毎に十数ずつは軽くあり。小じゃれたイタリアンだの、何とか風ほにゃららソースのポアレだのテリーヌだのというよな、凝ったフランス料理なんかは まだちと無理ではあるけれど。一般的なものでよければ、大概の家庭料理のメニューがレシピなしでこなせるようにまでなった凄腕で。
「やたっ! 豆ごはんも大好きだぞっ!」
 わ〜いっと今から喜んでくれる、そんな愛しき人のためならば。…そりゃまあ、みるみる上達しもするってもんでしょうよ。
(苦笑) 旬のお話が出ていたのは、夕食後のひとときにと、リビングのテレビでグルメ番組を観ていた彼らだったからで、サクランボやスモモもそろそろですよねという話題が振られたところで、
「そいや、昨日のニュースで、夕張メロンの初競りってのをやってたよな。」
 3人掛けのソファーに並んで腰掛けてたお兄さんの方がそんな一言を呟き、
「ふ〜ん?」
 あの、中が橙色の高いやつだろ? 夏の福引で当てたことあんぞ、俺。そいや そうだったな…なんて。ちょこっと話が逸れましたが、
「2玉で幾らだったと思う。」
「え? だって競りだろ?」
 どこに実
ってるか探さないといけない野生のじゃなくって、国内で作ってるメロンなんだろ? 滅多に揚がらない本マグロじゃないんだし、そっから更に小売へって売られるんだろから、そんなむちゃくちゃ高くはないだろよ。グルメ番組が増えたせいでしょうか、そういった知識が一般にまで降りて来ており。坊やもそこまではご存じだったらしく、
「そだな、奮発して5万円とか。」
 ほほぉ〜っという、それでいいのか?というよなお顔をされたので、一個5万で2つで10万、言い直した坊やだったものの、
「残念、80万だとよ。」
「はぁ………?」
 何だよそれ。誰が食うんだ、そんなバカ高いの。初セリだったんでっていう御祝儀相場っだとよ。あまりの数字へ、ついつい憤慨しちゃった坊やの激高ぶりに、くつくつと笑って応じてやったゾロであり、
「それにしたって…う〜ん。」
 いくら手がかかってる特別な品種だって言ってもなぁ、たかだか果物なのになぁ。
「日頃のマスクメロンが5万だ6万だするってのも、俺には信じらんねぇのによ。」
 やっぱり何だか、納得が行かない、収まらないルフィであるらしく。口元を尖らせ、一丁前にお胸の前へ腕まで組んでる姿が、幼い子供の大人の真似にしか見えなくて何とも可愛い。
「そんな高価なメロン、話のタネに一度くらいは食ってみたいか?」
「うん?」
 そうと訊けば、それへはあっさりと答えが出るらしく。速攻でふるふるっと首を横に振って見せ、
「要らね。俺だったら同んなじ金額の焼肉の方がいい。」
 うわぁ、判りやすっ。(苦笑)松坂牛とか神戸牛とかいう高級焼肉じゃなかったら、それこそ2、3日は焼肉三昧出来るだろ? あ、回転寿司でもいいな…なんて。いかにも食べ盛りさんな応じ方をしたのへと、
「それはどうだかな。」
 お前、大食らいだから、案外一晩でペロリといっちまうかも。う…っ、そうだろか。例えばの話なのにこんなまで、お呑気な会話をほのぼのと交わし続けてる、なかなかに仲睦まじきお二人さん。この夏でめでたくも同居生活5年目突入を迎えることとなり、
“…それにしちゃあ、相変わらずなんだがな。”
 ウチのルフィと来たら成長期のはずなのにちっとも成長しとらん…ように見えるのは、ずっとずっと傍らにいたからだろかと。だったら詰まらんななんてこと、贅沢にも不満に感じてる破邪様だったりするのである。………のっけからお惚気をどうもですvv
(苦笑)





            ◇



 閑静な…というのは少々大仰なことながら、それでも静かな住宅街の一角に立つ、小さな2階建の文化住宅といえば。ちょこっと間が空きましたねの、こちらさんのお宅ですが。逼迫した騒ぎや何やも今のところは起こっておらず、ゴールデンウィークも無事に終わって。後は夏休みまでの平板なスクールデイズが続くばかりの、日本の学校事情に準じているばかりの彼らであって、
「けどなぁ。」
 お? 何か心に引っ掛かるものでもお在りでしょうか? 破邪殿には。二人して眺めてたテレビは、次の番組が始まる間合いのCMタイム。よって、テレビへの“もの申す”ではないと見え、
「???」
 どした? と、お隣りから怪訝そうなお顔を向けてくる坊やへ、
「保護者面談、あれで良かったのか?」
 なかなかにお堅いフレーズが向けられたり。公立高校の三年生…ともなると、そういう方面のお話も本格的に動き出す頃合い。受験先や志望するものによっては、既に昨年辺りから、具体的なコースも決めてなきゃ、お勉強だって始めてなきゃ間に合わなかったりもするのだが。こちらさんチの坊っちゃんの場合は、
「うん。父ちゃんも言ってたろ? 俺の好きにさせていいって。」
 よって、もうちょっと続けたい柔道の部活の環境が一応は整ってるトコ。その中で一番自宅から近い場所にある、○○大学へということで、担任の先生とも話はついている。連休直前に構えられてた、今年お初の保護者面談では。ルフィがそんな風に進路指導の先生へ告げていたものを、ゾロが確認しただけで“はい終わり”というあっさりした運びとなり、
「けどなぁ、柔道だったら◇◇◇とか、▽▽とか、強豪大学もあろうによ。」
 これでもそんな得意技を持つルフィとのお付き合いが4年という身だからね。そっち方面のそれなりの情報は、こっちから意識して求めなくたって齎されもする。ゾロが口にしたのは、これまで関わって来た数々の大会にて耳にして来た、強豪チームを擁する学校の名前。そういうとこからのスカウトだって、当然のことながら姿を見せてもいて。だってのに彼が選んだのは…同好会に毛が生えたような規模の部しかない大学と来てはねぇ。まさかとは思うが、そういう理屈が判ってないままに、進路を決めちゃった彼じゃあなかろうなと、保護者代理としてはちょっぴりほど心配になったらしいのだが。

  「だってよ、最初から強いトコへ行っても詰まらねぇじゃんか。」

 おおう、やっぱりちゃんと判ってはおいでだったらしいです。ソファーに並べられてあったクッションを1つ、懐ろに抱き込みながら、
「そゆとこってのはサ、練習だけに専念出来るようにってことで、勉強のほうで取らなきゃなんない“単位”っていうのも優遇されてんだってな。」
 だったら、何のために大学行くんだよな。いや…だからそういうことばっかが魅力なんじゃあなくってだな。何でだか、ゾロが強豪大学の弁解に回ってやったりし、
「指導してる先生の中に尊敬してる人がいるとか、強くって憧れてる先輩がいるとか、そういうのだって動機にはなろうよ。」
「憧れの先輩?」
「ああ。凄げぇ強くてカッコよくって。でも学校が違うと、せいぜい大会でしか対戦出来ないだろ?」
 同じ大学だったら、練習の段階で組みげいこの相手してくれるかもしれないっていうのが、魅力なんじゃねぇの? そんな話をどっかのインタビューで見たらしきゾロが並べれば、
「そっか、そういう動機もありか…。」
 色んな理由があるもんだと、感慨深げに唸りつつ。そんでも…それはあくまでも他人事で、自分の進路は変更しないつもりのお顔だってのがありありと判る。柔道だけに専念出来るよう、様々に環境が整ってる学校を。狡いとまでは言わないが、けどでも、自分はそんな基準では選ばないぞと。持論は曲げない頑固者。だが、それならそれで、
『弱いとこに上がればすぐにも正選手になれようからななんて、そんな厭味を言う奴もいるんっすよ。』
 どっちを選ぼうと心ないことを聞こえよがしに言うような奴はいるとかで。
『まあ、ルフィに言わせるまでもなく、そういう奴らは自分には自信ないからっていう不安とかやっかみから、筋違いな八つ当たりをしてるだけなんでしょうけどね。』
 そういえば、そんなウソップくんもまた、美術関係と工学関係の大学、双方からの推薦のお声がかかっているとか。高校進学を前にしても、同じような状況だったらしいので、そういったやっかみの声には覚えがあって、それで痛し痒しな心境とやらにも心当たりがあるのだろう。
“それにしたってなぁ。”
 いくら心が広い子だって、そんな勝手な言いようで腐されて、全く全然何も感じない訳じゃなかろうに。そもそも何でまた、そうやって誰かを傷つけたりへこませたりして溜飲を下げるような、下賎で非生産的な人性の屑共たちが減らないのかと。伝え聞いただけのお兄さんがむかむかしたのがつい先日。勿論、ウソップくんとそんなやり取りをしたってことからして、当のルフィには内緒にしてあるので、そうなると…むかむかしてしまったことも内緒だったりするもんだから。あ〜あ、やなことまで思い出しちまったぜと。苦々しそうなお顔になりかかるのを、何とか我慢していたり。
“だって、なぁ…。”
 ルフィがどうして、そんな当然の基準を考慮しないで、柔道ではさして有名でもない近所の大学への進学を決めたのか。その主たる“原因”が薄々判っているものだから。いやさ、その原因が他でもなく、自分にあると知っているゾロだから。

  『俺、ゾロと遊ぶ時間がこれ以上減るのイヤなんだもん。』

 中学生時代、皆から推挙されてた主将の座を蹴ったのも、同じ理由だったし、

  『ゾロとずっと沢山一緒に居たいんだもん。』

 一番近いところだからと、今通ってる高校を決めたのも、元を辿れば同じ理由だったから。恐らくは今度も同じ理由だと思われて。そしてそれを指しても、
「進歩のない奴…。」
 と、思わなくてはいられない。大好きだぞと、臆面もなく言われて続けたことでも4年が経ってて。そろそろ慣れたかと思ったが、こんなカッコで突きつけられるとまだまだやっぱり照れが出る未熟者。だったもんだからか、
「何だお、いきなり。」
「あ、いや。」
 ついついの呟き、口を衝いて出たらしい一言が聞こえるほど、
「…お前、いつの間に。」
 真ん丸な童顔がすぐ間近になってるほどの位置になっており。いつの間にやらお兄さんのお膝へと、我が物顔にて乗っかってたりするルフィに気づいて。おいおいとその身をのけ反らせたゾロだったのへ、
「ゾロの方こそ、鈍感なんだ。」
 すぐには気づかれないように、そろぉ〜〜〜って。息を殺して、すぐ傍までをにじり寄ってみたのに。何か考え込んでるみたいだからその隙にって、お膝の上、跨ぐようにして、懐ろにまでもぐり込んだのに。全っ然 気づかれないってのも、それはそれで なんか腹が立つもんだったりし。むむうと膨れたお顔がまた、

  “………ちっ、可愛いじゃねぇか。”

 この人、もう逝ってます。
(笑)
「なあなあ、進歩がないって何のことだよ。」
「だからだな…。」
 うっかり口に出しちゃったが、言ったところで返事は判り切ってるその上に、ウソップくんとこそこそ裏で情報のやり取りをしていたなと、機嫌を損ねる恐れも大有りだったので。
「背丈も伸びてねぇ、抱えても重さも変わんねぇから。」
「何だよ、俺のことかよ。」
 これでも身長は伸びてるよ〜だ。口元をうむむと窄
すぼめる様子が、これまた何とも…これで18歳になったばかりとは到底思えぬほどにも可愛らしく。…階級トップクラスっていう実力者の“柔道小僧”だってのにねぇ。(苦笑) 文字通り、せいぜい睨みを利かせても、育ちがいいせいでか所詮はその程度という坊やの不満顔へ、
「ほほぉ、じゃあ俺も同じペースで伸びてんのかな、それに気づかねぇってことはよ。」
 こちらさんは結構腕を上げた憎まれを言い返す辺りが、十二分に大人げなかったりし。ゾロが伸びるわけないだろ? もう凄げぇ年寄りなのによ。あ・言ったな、このヤロ。それにしちゃあ全然目上を尊敬しねぇじゃねぇかよな。やっぱり大人げなさすぎの、言い返しを続ければ、

  「…俺、小さい方がいいんだもん。」

 おややぁ、意外な一言を仰せの坊やだったりし。ムキになったにしては、ちょいとテンションのカラーが違う。向かい合ってたお顔が少しばかり俯いたので、
“おいおい、ちょっと待ちな。”
 まさか、背丈のことでも既に誰ぞから何か からかわれてたのかな? だったら、ゾロからまで言われては傷ついたに違いなく、
「…るふぃ?」
 そおっと。小さな背中へと手を回し、こっちを向いてたそのまま、懐ろの中へと引き込めば。やわらかな頬をすりすりと擦りつけてくるのは、少なくはない傷心からの行為だろかと、これまたドキドキしてしまった屈強なお兄さん。邪妖が相手なら、血も涙もないまま、斟酌なく封滅出来ちゃうエキスパートさんだったりするくせに、この坊やにだけは未だに手加減が判らないからと、すぐさまおろおろしちゃうところが…。

  “自分だって進歩ないくせによ。”

 あははのは。
(苦笑) あのね? 実はね?
『だって、小さい方がこうやって抱っこしてもらいやすいじゃんvv』
 そう続けるつもりだったルフィなのにね。何を先走って心配したやら、こっちからぱふ〜んって飛び込むつもりだった懐ろへ、さも深刻そうに引き寄せられちったから。今更“違うって”とも言い出しにくくて。
“…まあ、いいんだけどもよ。/////////
 この顛末だけはちょいとお間抜けだったけど。それでも、頼もしくって大好きなゾロの懐ろは、やっぱり暖かだったから。ゾロの気が済むまでこうやっててやろっと、寛大にもそうと切り替えた坊っちゃんも、これで結構 気を遣っていたりして?
(苦笑)

  ――― ごめんな、ルフィ。
       何がだ?
       うん…気に障ったかなって。
       俺は何〜んも気にしてね。

 そっか、うんうん。相変わらず優しい子だよな、お前って。…何だよ、それってやっぱり進歩がないってのかよぉ…って、おいおいこらこら、そうじゃなくって。(苦笑)いつの間にか洋画が始まってたテレビも意識の外へとうっちゃって、お互いの存在感を、片やは自分をくるみ込む空間と暖かな匂いに、もう片やは懐ろの中の小さな温もりに、思う存分堪能をし、

  ――― なあなあ、それより。何でコイノボリ、なかなか片付けねぇんだ?
       ああ。親父さんがサ、5月一杯は出しといてくれってよ。
       父ちゃんが?

 早くに片付けると、お前がとっとと結婚しちまうんじゃないかって心配なんだってよ、と。お雛様じゃあるまいにというよな説明をされたらしき破邪殿だったそうで。…相変わらずなんですねぇ、微妙に親ばかなトコ。
(笑) そもそもお雛様を早く片付けないと嫁に行けないってのも、縁起の問題じゃあなくて。やらなきゃならないと判り切ってるお片付けを先延ばしにしたりするようでは、先々で嫁の貰い手がなくなるよというのが転じたものだそうですしね。またぞろ話が逸れましたけれど…。小さな坊やは、短く“そか”と呟いてから、ぬっくぬくの懐ろに頬を埋め直し。お兄さんの方は方で、小動物の毛並みを思わせる、そりゃあふかふかの黒髪を間近に見下ろしながら、大切な温もりを抱きしめ直しと。どっからこうなったやらの、甘甘ムードにひたっての、初夏の夕べを過ごしてみたりするのでした。






   おおっと、忘れるとこだった。こちらさんのルフィにも、

     
HAPPY BIRTHDAY!  TO LUFFY!!




  〜Fine〜  06.5.18.


  *いや、だから。
   すぐ前の前辺りで、ちょこっと波乱が続いてた人たちだったので、
   彼らには何ということもないお話…ということで。

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